ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)


ウィルソン沖縄の旅

『ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)』
2,324円+税 琉球新報社

「ウィルソン沖縄の旅 1917」は、今からちょうど100年前の大正6年(1917)に、学術調査のため17日間にわたって沖縄に滞在した植物学者のウィルソンが撮影した写真集である。撮影場所が分かるものは、同じポイントから撮影した最新の写真と対比させ、撮影場所でのウィルソンの目に映った沖縄の印象も収録している。つまり100年前の沖縄を紹介している。

大戦時に爆撃で焼失してしまった瓦屋根や茅葺の民家、埋め立てられる前の奥武山周辺。普天間基地として接収されてしまった首里と各間切り(村)を繋いだ宿道。そして、開発などで消えてしまった自然の風景もあり、沖縄の歴史を知るうえで貴重なものである。

私のように沖縄に来て10年にも満たない者には、写真からノスタルジアを感じ取ることは出来ないが、沖縄で生まれ育ったご高齢の方には、往時の景色が脳裏をよぎるだろう。


表紙の写真は、物資の集積港として栄えていた比謝(ひじゃ)港と石造りの比謝橋(分かりにくいが、写真右に見えるアーチ橋)である。比謝橋は、現在の嘉手納町と読谷村の境を流れる比謝川にかかる橋。古くから木造の橋があったものの、壊れるたびに何度も補修をくり返したことから、1717年、嘉手納寄りにあった二つのアーチを石橋にし、残った部分も1730年に石橋となったという。昭和28年(1953)、米軍による旧1号線(現国道58号線)の拡張工事で鉄橋脚に改築され、その姿は完全に消滅した。

おさめられた写真の多くに人物が写っている。それは、沖縄県の職員や撮影機材を運ぶのを手伝った人、通りがかりに偶然映った人たちだ。その人物が写っているお陰で樹木や建物の大きさを知ることができる。新聞で読んだのだが、出版に先立ち県の博物館・美術館で開催された「企画展」 の準備をしていた同館の班長をしている園原謙氏が「私の祖父が 写っている」と写真集の著者、古居氏に連絡した。写っていたのは、当時、沖縄県庁の農林技手をしていた同氏の祖父、園原咲也氏(故人)で、写真は全部で5枚。場所もバラバラなことから、ウイルソンの旅のほぼ全行程に同行していたことが想像できる。この旅は、彼の案内で企画されたもののようだった。ウイルソンもノートの中で「琉球の農政課の職員が、私の要求に最大級の助力をしてくれた」と書き残している。これは、園原氏のことを言っていると思われる。大正6年のウイルソンと園原佐也氏の邂逅が、100年後に祖父と孫の出会いを生んだのは、実に劇的なドラマだ。

《追記》
平成30年4月7日付けの琉球新報によれば、この写真集の宜野湾市大山平松のページに写っている男性が、石大工の故・名城加目(かめ)さんであることが判明したという。写真は、現在の国道58号線で石積みをしている男性が、作業の手を休めて直立する姿である。気がついたのは大山在住の王府おもろ伝承者の安仁屋真昭さんで、加目さんは、沖縄戦が始まって間もなくの昭和20年4月、避難していた墓の近くで亡くなったという。沖縄線で戸籍が失われたので、生年月日は不明だが、撮影時は40代前半と思われる。ウイルソンの写真集には顔が判別できる20人余が写っているが、氏名が判明したのは、前述の園原咲也さんに次いで2人目となった。下の写真は、「ウィルソン沖縄の旅 1917」より。



大山平松 拡大写真
現在の国道58号線、大山平松に立つ故・名城加目さん
この巨大な松は戦災で失われ、現存しない
拡大写真


ウィルソン…1876〜1930、イギリス人の植物学者、アーネスト・ヘンリー・ウィルソンは、プラントハンターとして約2,000種のアジアの植物を、ヨーロッパ、アメリカに紹介した。約60種に彼の名前がつけられた。アメリカ芸術科学アカデミーの会員に選ばれ、ハーバード大学などから名誉学位を得た。屋久島のウイルソン株を欧米に紹介したことで、後年この株の名前の由来となったことでも知られる(この項 Wikipediaより)。なお、プラントハンターとは、世界各地を回って様々な植物標本を採集する人をいう。



◎沖縄を題材にした著作で、このサイトでご紹介しているのは、(出版順ではなく、私が読んだ順)
  ・「風景を見る犬(樋口有介著)」⇒こちらから
  ・「Juliet(ジュリエット/伊島りすと著)」⇒こちらから
  ・「水滴(目取真 俊著)」⇒こちらから
  ・「太陽の棘(原田マハ著)」⇒こちらから
  ・「スリーパー(楡周平著)」⇒こちらから
  ・「鬼忘(きぼう)島(江上 剛著)」⇒こちらから
  ・「あたしのマブイ見ませんでしたか(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「テンペスト(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「黙示録(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ほんとうの琉球の歴史(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「本屋になりたい」(宇田智子著)」⇒こちらから
  ・「ニライカナイの風」(上間司著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「豚の報い(又吉栄喜著)」⇒こちらから
  ・「祭祀のウソ。ホント(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「沖縄の新聞は本当に『偏向』しているのか(安田浩一著)」⇒コチラから
  ・「辻の華(上原栄子著)」⇒こちらから
  ・「宇喜也嘉の謎(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「ヒストリア」(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)」⇒こちらから
  ・「武士マチムラ(今野 敏著)」⇒こちらから
  ・「本日の栄町市場と、旅する小書店(宮里綾羽著)」⇒こちらから
  ・「秘祭(石原慎太郎著著)」⇒こちらから
  ・「ユタが愛した探偵(内田康夫著)」⇒こちらから
  ・「崩れる脳を抱きしめて(知念実季人著)」⇒こちらから
  ・「沖縄『骨』語り(土肥直美著)」⇒ コチラから
  ・「天地に燦たり(川越宗一著)」⇒ コチラから
  ・「波の上のキネマ」(増山実著)」⇒ コチラから
  ・「神に守られた島(中脇初枝著)」⇒ コチラから
  ・「宝島(真藤順丈著)」⇒ コチラから
  ・「あなた(大城立裕著)」⇒ コチラから
  ・「入れ子の水は月に轢かれ(オーガニックゆうき著)」⇒ コチラから
  ・「ジョージが殺した猪(又吉栄喜著)」⇒ コチラから
  ・「桃源(黒川博行著)」⇒ コチラから
  ・「翡翠色の海へうたう(深沢 潮著)」⇒ コチラから

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背景の「読谷山花織」は、「ゆたんざはなうぃ」または、「よみたんざんはなおり」と読みます。琉球王朝のための御用布として織られていました。絶滅寸前だったものを、昭和39年に読谷村で「幻の花織」として復活しました。