宝島(真藤順丈著)


宝島

『宝 島』
1,850円+税 講談社

第160回直木賞受賞作品である。著者は沖縄出身ではない。県外出身者に沖縄をテーマにした作品が描けるのか、本当に沖縄の声が聞けるのか、本人も「越境者として越えなければならない障壁があった」と葛藤を語っているが、この作品は、その壁を超えたところから生み出された。

真藤氏は昭和52(1977)年、東京生まれ。ということは、沖縄の本土復帰以後の生まれである。平成20(2008)年にダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞して作家デビュー。 同時期に応募していた日本ホラー小説大賞、電撃小説大賞銀賞、ポプラ社小説大賞特別賞を含め4つの賞をたてつづけに受賞するという離れ業を演じた。直木賞は初ノミネートだった。選評では審査委員の林真理子が「平成最後の直木賞にふさわしい」と激賞。圧倒的な支持が集まり、満場一致で授賞が決まったという。

その『宝島』の舞台は昭和27(1952)年から同47(1972)年、アメリカの統治下に置かれた沖縄。米軍施設の物資を奪って生活の糧とした「戦果アギヤー」(注1)の若者たちを中心とする青春群像劇で、47年「本土復帰」までの沖縄戦後史が"語り"の文体で綴られている。


物語は、コザ(現在の沖縄市)の戦果アギヤーのリーダー「オンちゃん」と弟の「レイ」、親友の「グスク」たちが、嘉手納基地に侵入するところから始まる。オンちゃんは20歳ながら、米軍から奪った「戦果」を困窮する人々に分け与える義賊的な存在として英雄視されており、ヤマコという恋人がいる。ところが、この嘉手納基地侵入作戦の夜、オンちゃんたちは米兵に侵入を発見され銃撃に遭う。グスクとレイは命からがら逃げることができたが、オンちゃんの姿は見えない。その後、グスクは琉球警察の警察官、レイはテロリスト、ヤマコは小学校教師として成長する。それぞれが若きコザの英雄オンちゃんの影を探しながら……。

そして、この作品では、消えたオンちゃんの行方探しを軸として物語が展開される。 物語自体はフィクションだが、アメリカ占領下の実在の事件や出来事が絡んでいく。沖縄刑務所暴動事件、嘉手納幼女殺人事件など相次ぐ米兵による性的暴力や殺人、米軍機が小学校へ激突し児童を含む多数の死傷者を出した墜落事故、“本土”への復帰運動や反米デモ、米軍が貯蔵するVXガスなどの毒ガスが漏れ出た事件、そしてその翌年のコザ暴動……。あのとき何が起きたのか、どんな声があがったのか、県民は何を思ったのかを、傍観者ではなく当事者の視点で描く。この続きは本書でお読みを。ただし、沖縄の書店では品切れ続出と新聞にあった。

読み終えて思い出したことがあった。それは、昭和40年代の終わりに初めて沖縄を旅したとき、狭い道路の両側に米軍基地の金網が長々と続くところを走っていたら、ツアーの案内人さんは「これが沖縄です。基地が沖縄の中にあるのではなく、基地の中に沖縄があるのです」と語った。本書は米軍基地の越えることができない高い金網の中に閉じ込められるように沖縄があることを、改めて思い知らさせてくれるのである。

著者は琉球新報のインタビューでこう答えている。「今ある日本国の形が戦後、どう形作られてきたのかを知りたかった。現代にフィードバックできる要素が戦後の沖縄をを描くことで表現できるのではないかと思った」と作品に込めた思いを振り返った。印象に残る場面をご紹介する。戦後初の国会議員となった瀬長亀次郎(注2)は、当時の佐藤首相に迫る。「基地の使用を認めたかたちでの返還はまやかしではないか。母なる沖縄の台地はこの島を戦場にするな、平和の島にして返せと叫んでいる。島民の切なる願いに、あなたは一国の首相として責任を果たせるのか」。もし瀬長氏がご存命なら、復帰から47年経った現在でも、同じ言葉を今の首相に投げかけるだろう。そして、さらに言うだろう「あなたは沖縄を切り捨て、いつまでアメリカ追従を続けるつもりですか?」と。

(注1)戦果アギヤーとは、実際にあった言葉で、Wikipediaによれば、アメリカ統治下時代の沖縄県で発生した略奪行為のことで、戦果をあげる者という意味。元来は沖縄戦のときに、敵のアメリカ軍陣地から食料等を奪取することを指していた。 戦後になり、生活基盤を失った多くの住民はアメリカ軍からの配給に頼っていた。そんな中、戦争中の名残でアメリカ軍の倉庫から物資を略奪することが横行した。

(注2)瀬長亀次郎…太平洋戦争後のアメリカ合衆国による沖縄統治(施政権下)において、沖縄人民党を組織し、米国による統治に対する抵抗運動を行った。沖縄の本土復帰後、衆議院議員を7期務めた。

◎沖縄を題材にした著作で、このサイトでご紹介しているのは、(出版順ではなく、私が読んだ順)
  ・「風景を見る犬(樋口有介著)」⇒こちらから
  ・「Juliet(ジュリエット/伊島りすと著)」⇒こちらから
  ・「水滴(目取真 俊著)」⇒こちらから
  ・「太陽の棘(原田マハ著)」⇒こちらから
  ・「スリーパー(楡周平著)」⇒こちらから
  ・「鬼忘(きぼう)島(江上 剛著)」⇒こちらから
  ・「あたしのマブイ見ませんでしたか(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「テンペスト(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「黙示録(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ほんとうの琉球の歴史(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「本屋になりたい」(宇田智子著)」⇒こちらから
  ・「ニライカナイの風」(上間司著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「豚の報い(又吉栄喜著)」⇒こちらから
  ・「祭祀のウソ・ホント(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「沖縄の新聞は本当に『偏向』しているのか(安田浩一著)」⇒コチラから
  ・「辻の華(上原栄子著)」⇒こちらから
  ・「宇喜也嘉の謎(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「ヒストリア(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)」⇒こちらから
  ・「武士マチムラ(今野 敏著)」⇒こちらから
  ・「本日の栄町市場と、旅する小書店(宮里綾羽著)」⇒こちらから
  ・「秘祭(石原慎太郎著著)」⇒こちらから
  ・「ユタが愛した探偵(内田康夫著)」⇒こちらから
  ・「崩れる脳を抱きしめて(知念実季人著)」⇒こちらから
  ・「沖縄『骨』語り(土肥直美著)」⇒ コチラから
  ・「天地に燦たり(川越宗一著)」⇒ コチラから
  ・「波の上のキネマ(増山実著)」⇒ コチラから
  ・「神に守られた島(中脇初枝著)」⇒ コチラから
  ・「あなた(大城立裕著)」⇒ コチラから
  ・「入れ子の水は月に轢かれ(オーガニックゆうき著)」⇒ コチラから
  ・「ジョージが殺した猪(又吉栄喜著)」⇒ コチラから
  ・「桃源(黒川博行著)」⇒ コチラから
  ・「翡翠色の海へうたう(深沢 潮著)」⇒ コチラから


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背景の「首里織」は、首里王府の城下町として栄えた首里において王府の貴族、士族用に作られていたもので、悠々として麗美な織物が織り継がれ、現在に至っています。この作品は、米須幸代さんの「グーシー花織」です。