波の上のキネマ(増山実著)


波の上のキネマ

『波の上のキネマ』
1,850円+税 集英社

著者の増山 実氏は、昭和33(1958)年大阪府生まれ。同志社大卒。平成24(2012)年に「いつの日か来た道」で第19回松本清張賞最終候補となり、それを改題した『勇者たちへの伝言』で翌年にデビュー。同作は同28(2016)年に「第4回大阪ほんま本大賞」を受賞した。

少し長くなるが「波の上のキネマ」の内容紹介をすると、安室俊介は尼崎市の小さな映画館を父親から引き継いだ。座席数100余りの小さな映画館は戦後間もない時期に祖父・安室俊英(しゅんえい)が始めたが、巨大シネコンができた昨今は収益を上げることは年々難しくなってきている。迷いつつも閉館するしかないと考えた俊介だったが、新聞記者からの取材には、まだ正式には決めていないと話した。だが新聞には「年内に閉館する見通し」との記事が出てしまう。記事の反響は大きく、マスコミからの取材が殺到したが、俊介はすべて断った。
そんなある日、台湾に住む男性から電話が入る。その男性は、自分の祖父が俊介の祖父と知り合いだったという。俊介は祖父の前半生を知らなかった。閉館にあたり映画館の歴史を調べようとしていた俊介は、男から驚くべき事実を告げられる。尼崎に生まれた祖父は若い頃、ある島で強制的に働かされていた。そして、祖父たちがいた場所は、尼崎から1千6百キロ以上離れた密林の中にあった、当時、脱出不可能と言われた炭鉱だというのだ。

なぜ祖父はその場所に行ったのか。どのようにそこから脱出し、なぜ映画館を始めたのか。創業者である祖父の若かりし日々を追って、俊介はその場所に向かう。歴史のうねりと個人の生が紡ぎだす、感動と興奮の長編小説。

各章のタイトルが映画の題名(たとえば第一章「七人の侍」、第二章「タクシードライバー」、第三章「君の名は」……)となっており、ストーリーがスピーディに流れてゆく。まるで映画を見ているような気分にさせられる。脱出不可能な密林の炭鉱とは、沖縄の離島・西表島(いりおもてじま)に実在した炭鉱のことだ。

Wikipediaによれば、西表島の炭坑労働者の多くは島外から集められた。周旋人の口車に乗せられて日本各地や台湾、中国などから実情を知らされないまま島にやってきた人々は、まず島までの運賃や斡旋料などの借金を負わされ、いわゆるタコ部屋労働を強いられることになる。炭坑で働くことによって借金を返済することになるが、給料は納屋頭と呼ばれる個々の炭坑責任者が管理しており、実際にはほとんど支払われることがなかったそうだ。給料の代わりに炭坑切符と呼ばれる私製貨幣が支給され、会社経営の売店で食料や日用品と交換することができた。炭坑切符はある程度集めれば通貨と交換できるとされていたが、実際には交換されないばかりか責任者が交代すると紙切れ同然となった。すなわち一度炭坑にやってくると二度と帰れないというのが実情であった 。しかも炭鉱という劣悪な環境で、衛生状態が極めて悪くマラリアや寄生虫が蔓延していた。多くの労働者は博打に興じ、治安も悪く暴力沙汰は日常茶飯事であった。島外へ逃亡するにも会社の連絡船しか交通手段が無く、運良く近隣の島まで逃げられたとしても、すぐ炭坑関係者に捕らえられ引き戻されるだけであった。

過酷な労働と抜け出せぬ生き地獄の日々を強いられ、希望など何一つないと思える苦しい現実のなか、俊介の祖父・俊英は一すじの光を求め島から脱出しようと企てる…。これ以上話を進めるとネタばらしになってしまうので、これまでとする。

物語はフィクションだが、西表島に「緑の牢獄」といわれた炭鉱があったことはフィクションではない。この作品が映画化されたとしたなら、映画評論家だった故 水野晴郎さんなら こう言っただろう「やぁ〜、映画って本当にいいもんですね」。

私は3年前、西表島縦断のため、島の北にある浦内川の乗船場で船に乗った。そのとき、船長に宇多良(うたら)炭鉱のことを聞くまでは近くに炭鉱があったことは全く知らなかった。そこから歩いても15分の所にあったことを知っていれば、縦走する前に行ってきたかったが、目的地は島の南にある大富口なので戻ることはできなかった。
西表島にあったという炭鉱について詳しくは ⇒ コチラから


◎沖縄を題材にした著作で、このサイトでご紹介しているのは、(出版順ではなく、私が読んだ順)
  ・「風景を見る犬(樋口有介著)」⇒こちらから
  ・「Juliet(ジュリエット/伊島りすと著)」⇒こちらから
  ・「水滴(目取真 俊著)」⇒こちらから
  ・「太陽の棘(原田マハ著)」⇒こちらから
  ・「スリーパー(楡周平著)」⇒こちらから
  ・「鬼忘(きぼう)島(江上 剛著)」⇒こちらから
  ・「あたしのマブイ見ませんでしたか(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「テンペスト(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「黙示録(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ほんとうの琉球の歴史(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「本屋になりたい」(宇田智子著)」⇒こちらから
  ・「ニライカナイの風」(上間司著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「豚の報い(又吉栄喜著)」⇒こちらから
  ・「祭祀のウソ・ホント(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「沖縄の新聞は本当に『偏向』しているのか(安田浩一著)」⇒コチラから
  ・「辻の華(上原栄子著)」⇒こちらから
  ・「宇喜也嘉の謎(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「ヒストリア(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)」⇒こちらから
  ・「武士マチムラ(今野 敏著)」⇒こちらから
  ・「本日の栄町市場と、旅する小書店(宮里綾羽著)」⇒こちらから
  ・「秘祭(石原慎太郎著著)」⇒こちらから
  ・「ユタが愛した探偵(内田康夫著)」⇒こちらから
  ・「崩れる脳を抱きしめて(知念実季人著)」⇒こちらから
  ・「沖縄『骨』語り(土肥直美著)」⇒ コチラから
  ・「天地に燦たり(川越宗一著)」⇒ コチラから
  ・「波の上のキネマ」(増山実著)」⇒ コチラから
  ・「神に守られた島(中脇初枝著)」⇒ コチラから
  ・「宝島(真藤順丈著)」⇒ コチラから
  ・「あなた(大城立裕著)」⇒ コチラから
  ・「入れ子の水は月に轢かれ(オーガニックゆうき著)」⇒ コチラから
  ・「ジョージが殺した猪(又吉栄喜著)」⇒ コチラから
  ・「桃源(黒川博行著)」⇒ コチラから


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背景の「首里織」は、首里王府の城下町として栄えた首里において王府の貴族、士族用に作られていたもので、悠々として麗美な織物が織り継がれ、現在に至っています。この作品は、米須幸代さんの「グーシー花織」です。