秘祭(石原慎太郎著)


秘祭

『秘祭』
初版は950円 新潮社

石原慎太郎氏は、一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞を受賞した。「太陽族」が生まれる契機となり、同作品の映画化では弟・裕次郎をデビューさせたことでも知られる。その後、衆参両院で議員を務めた後、東京都知事を歴任した。詳しく書けば、それだけで数ページを要するので このぐらいにする。

図書館の沖縄関連コーナーで、偶然、この本を見つけた。石原氏の小説は、10代の頃に読んだ「太陽の季節」以来だったので久々である。

この作品のBOOKデータベースにある「あらすじ」は、観光開発会社の若い社員、高峯敏夫が人口わずか17人、南西諸島の絶海の孤島をリゾート化すべく、島に赴任してきた。前任者が行方不明になったこの島で、彼はいつしか島の女、タカ子の魅力に引き込まれて行く。彼が忌ましい島の秘密に気づいたとき、年に一度のアカマタ・クロマタの祭が幕を開けた…。古代からの因習と共同体の掟に縛られた亜熱帯の離島を舞台に、人間存在の秘められた深淵を浮かび上がらせる恐怖と衝撃の長編、とある。


昭和58年の発刊、石原氏51歳の作品で、この当時、氏は自由民主党の派閥、自由革新同友会を継いで代表就任、後に清和会へ合流。黒シール事件(注)で社会的非難を浴びた頃でもある。

昭和43年8月17日付の八重山毎日新聞によると、実際にこんな事件が起きている。昭和43年7月、新城島(あらぐすくじま:西表島の離島)のアカマタ・クロマタを覗き見た波照間島(はてるまじま)の青年が暴行を受けた。親族が「殴られたショックで精神障害になった」と訴え出たことで、八重山署が集団暴行の疑いで捜査したという。石原氏は、この集団暴行事件と新城島に伝わる秘祭「アカマタ・クロマタの伝承」とをモデルにして作品を執筆したと思われる。

高峯敏夫が島に到着したその日、小学校の校長が言った。「知っても知らぬ顔をしていな いかんよ。これから、何かいろいろ気がついてもな」と。その警告を耳にしつつも、彼は徐々に住民と親しくなって行くが、島民が親しく接するのは彼が何も知らない間だけであり、祭が行われた後、島の禁忌に触れてしまったことにより、やがて追い詰められてゆく。

政治家としての石原氏に対しての好き嫌いは別にして、読み進めていくと、一気に読んでしまいたい誘惑にかられるほど、巧みにストーリーが展開して行く。しかし、閉鎖的な社会から生まれた廃頽意識を蔑み、離島住民を野蛮人扱いするような描写もされている。氏のなかでは、辺境の離島→閉鎖的な思考→非文明社会→野蛮という図式が前提となっているのだろう。氏の政治に対する姿勢と同様、増幅された差別意識、弱者蔑視という奢れる者の思考が、随所に垣間見られるような気がした。

プロローグにある。
敏夫が島に来たその日、高さ1メートルくらいの土盛をみて、案内をしてくれている島の小学校の校長に聞いた。「あれは、何ですか」すると校長は「人魚の墓ち、島の人はいうね」と答えた。
そして、エピローグにある。
新しく着いたばかりの若い男が、二つの土盛を見て聞いた。「あれは、何ですか」。すると案内の男は「あ、あれね。人魚の墓ち、昔から人はいうね」。
これ以上は、ネタバレになるので控えるが、興味のある方はお読みを。絶版となっているので図書館で。また、ネットで検索するとアマゾンの中古で355円〜(送料別)からあった。

なお、新城島は、いまでは人口7人で、他の島からの定期航路はない。以前、石垣から西表へ船で渡ったとき、人数が多ければ立ち寄ってくれると船会社の人から聞いたが、島には商店も郵便局も警察も公衆トイレもない。もちろん宿泊施設も今はないので、泊まるときは、それなりの準備を。島に行きたい人は、パナリ島観光ツアーか西表島からシーカヤックツアーがある。

(注)黒シール事件…衆議院総選挙で、石原慎太郎氏と同じ選挙区に自民党公認で新井将敬氏が立候補していた。この選挙中、何者かが新井氏の選挙ポスターに「1966年に北朝鮮から帰化」というシールを貼るという事件が起こった。それを指揮していたのは石原の公設第一秘書であることが判明。これは石原陣営が対立候補に選挙違反をした事件として、世間に知れ渡ることとなった。 当時、石原氏が派閥の領袖であったことから、党内の信用も失墜するなど社会的非難を浴びた(Wikipediaより)。

《ご参考》 HP「HUFFPOST」によれば、 映画監督の北村皆雄氏は、昭和47年、西表島・古見でアカマタ・クロマタのドキュメンタリー映画を撮影しようとしたが、「勝手な真似をしたらぶっ殺す!」と住民の強硬な反対に遭い、断念したという。
祭り初日の夜中だった。小学校の教室を借りて寝ていると、突然、私は青年5、6名に外に呼び出され、ぐるりと取り囲まれた。島外から帰ってきた青年もいるようだ。腰に鎌をさしている者もいる。彼らは私たちが村に進呈した酒を突っ返し、「アカマタはお前らに撮らせない。勝手な真似をしたらぶっ殺す!」「この祭りは自分たちが何をしても罪にならない」と凄んだ。研究者や新聞記者、カメラマンが海にたたき込まれたり、姿を消したなどという噂話が脳裏によぎった(『見る、撮る、見せるアジア・アフリカ!』新宿書房より) 。

なお、Wikipediaによれば、この小説が発刊される以前の話だが、日本楽器(現在のヤマハ)が、新城島で大規模なリゾート開発を計画したことがあるが、この計画は中途で頓挫したという。


◎沖縄を題材にした著作で、このサイトでご紹介しているのは、(出版順ではなく、私が読んだ順)
  ・「風景を見る犬(樋口有介著)」⇒こちらから
  ・「Juliet(ジュリエット/伊島りすと著)」⇒こちらから
  ・「水滴(目取真 俊著)」⇒こちらから
  ・「太陽の棘(原田マハ著)」⇒こちらから
  ・「スリーパー(楡周平著)」⇒こちらから
  ・「鬼忘(きぼう)島(江上 剛著)」⇒こちらから
  ・「あたしのマブイ見ませんでしたか(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「テンペスト(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「黙示録(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ほんとうの琉球の歴史(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「本屋になりたい」(宇田智子著)」⇒こちらから
  ・「ニライカナイの風」(上間司著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「豚の報い(又吉栄喜著)」⇒こちらから
  ・「祭祀のウソ・ホント(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「沖縄の新聞は本当に『偏向』しているのか(安田浩一著)」⇒コチラから
  ・「辻の華(上原栄子著)」⇒こちらから
  ・「宇喜也嘉の謎(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「ヒストリア(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)」⇒こちらから
  ・「武士マチムラ(今野 敏著)」⇒こちらから
  ・「本日の栄町市場と、旅する小書店(宮里綾羽著)」⇒こちらから
  ・「秘祭(石原慎太郎著著)」⇒こちらから
  ・「ユタが愛した探偵(内田康夫著)」⇒こちらから
  ・「崩れる脳を抱きしめて(知念実季人著)」⇒こちらから
  ・「沖縄『骨』語り(土肥直美著)」⇒ コチラから
  ・「天地に燦たり(川越宗一著)」⇒ コチラから
  ・「波の上のキネマ」(増山実著)」⇒ コチラから
  ・「神に守られた島(中脇初枝著)」⇒ コチラから
  ・「宝島(真藤順丈著)」⇒ コチラから
  ・「あなた(大城立裕著)」⇒ コチラから
  ・「入れ子の水は月に轢かれ(オーガニックゆうき著)」⇒ コチラから
  ・「ジョージが殺した猪(又吉栄喜著)」⇒ コチラから
  ・「桃源(黒川博行著)」⇒ コチラから
  ・「翡翠色の海へうたう(深沢 潮著)」⇒ コチラから

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背景の「読谷山花織」は、「ゆたんざはなうぃ」または、「よみたんざんはなおり」と読みます。琉球王朝のための御用布として織られていました。絶滅寸前だったものを、昭和39年に読谷村で「幻の花織」として復活しました。