ジョージが射殺した猪 (又吉栄喜著)


ジョージが射殺した猪

『ジョージが射殺した猪』

2,500円+税 燦葉出版社

著者は昭和22年、沖縄・浦添村(現浦添市)生まれ。琉球大学法文学部史学科卒業。同50年、「海は蒼く」でデビュー。平成8年、「豚の報い」で第114回芥川賞受賞。 「BOOK」データベースによれば、著者は、沖縄を心底愛し、沖縄で人生を送り、沖縄を書き続ける芥川賞作家の短編7作品を収録。特に難解かつ衝撃的な「ジョージが射殺した猪」はベトナム戦争を背景に人間の本質に迫る問題作とある。

表題作は、ベトナム戦争を背景に気弱な米軍人が精神の均衡を失い、老人を殺害する狂気を描いたもの。ただし、前半部分は、エログロ小説かと思うほどの酒場の生々しい情景が続く。当時の沖縄は狂気の時代だったのだ。

又吉栄喜氏の傑作短編集「ジョージが射殺した猪」が燦葉(さんよう)出版社より令和元年6月に発刊された。ただし、この作品は新作ではない。昭和53年の「文学界」に発表され、同56年1月に集英社から発刊された「ギンネム屋敷」に併録されたものだ。同じくデビュー作の「海は蒼(あお)く」(新沖縄文学賞佳作、昭和50年)から私小説「努の歌声」(平成28年)まで約40年間の作家生活での7つの短編を収録している。

琉球新報に掲載された伊野波優美氏の記事をそのまま紹介させていただくと、又吉氏自身が「沖縄(また琉球)の総体を網羅」したとする本作で特筆したいのは独立記念日の前後に米軍基地内で行われる「カーニバル」の様子を基にした「カーニバル闘牛大会」(第4回琉球新報短編小説賞76年)と50年代に米兵が猪と間違えて農婦を射殺した実際の事件がモチーフの表題作「ジョージが射殺した猪」(第8回九州芸術祭文学賞97年)の2作品だ。
この2作品に登場するのは、クバ傘を被り方言を発しながら闘牛を観戦する心優しい「マンスフィールドさん」と、遠い異国の地「沖縄」で兵士としての訓練を受ける気弱な「ジョージ」といった、米軍統治下の沖縄を生きる一個人としてのアメリカ人だ。彼らを通して描き出される戦後沖縄の姿には浦添のテント幕舎に生まれ、少年時代をアメリカという異文化と否応なしに接触しながら過ごしてきた又吉氏の原風景と、米国人と米軍人は別物だという平和へのメッセージが垣間見える。それは「平和な時には『戦争』も書けるが、戦争になると『平和』は書けない」という又吉氏の祈りにも似た言葉にも込められているように思う。
研究の視点から読む本作は「テント集落奇譚」、「猫太郎と犬次郎」、「尚郭威」の3作品に共通する美女(生娘)と醜女(老婆)の対比や、「努の歌声」と最新作「仏陀の小石」(2019年)の繋(つな)がり、また、「海は蒼く」にみられる「嘔吐」や「排泄」が、後の代表作「豚の報い」(第114回芥川賞1996年)にも通じていること、そして、「猪」「牛」などタイトルにも登場する動物の存在など、又吉栄喜の世界を読み解くキーワードに満ち溢(あふ)れている。(伊野波優美・沖縄文学研究者)

この作品のモデルであったと思われる事件が実際に起こっている。昭和50年代に米兵が猪と間違えて農婦を射殺したという事件である。この事件の顛末を調べてみた。
イノシシ事件(1959/金武町) −ライフル銃による女性射殺−
基地と隣り合わせに暮らす沖縄では、地域の住民が基地内で米兵に殺された事件が起こっている。
1959(昭和34)年12月、土曜日の午後なので軍事演習はないと思い、演習場内にある自分の水田を見回りに行った女性が、狩猟に来ていた米兵によって20メートルの至近距離から安全確認もないまま射殺された。米兵は、雑木林でガサガサと音がしたのでイノシシと思い発砲したと証言した。
事件当日は、演習を知らせる赤旗表示もなく、演習警告のサイレンもなかった。

《追記》 後日、著者は、作品の意図を次のように語っている。
「1950年代、沖縄本島で米兵が農民を射殺した実話を元にした。ベトナム戦争を背景に気弱な米国人が精神の均衡を失い老人を殺害する狂気を描いた。一人米兵を凶悪な存在として書くよりも、善良な青年を凶悪にしてしまう軍隊機構と米国の政治の恐ろしさを描きたかった。沖縄戦以降、県内で米軍による事件・事故は繰り返されている。ジョージに描かれているのは過去の話ではない。今の沖縄の現実としてとらえてほしい」(以上、追記終わり)

昭和47年の沖縄の日本返還以降、米軍による流弾被害は、キャンプシュワブとキャンプハンセン(キャンプシュワブは名護市など、キャンプハンセンは金武町(きんちょう)などにまたがる米軍管理の基地。両基地には戦闘部隊が駐留し、重機関銃やライフルを用いた実弾射撃訓練を行っている。訓練の実施の際、米側は具体的な訓練場所を日本側に通知しないので訓練の実態は分かっていない)だけでも記録に残るものは21件(名護市、恩納村、金武町、宜野座村)あったという。それ以前も建物や走行中の車に銃弾が撃ち込まれたり、砲弾の破片が落下する事故は日常的にあったのだが、詳細が明らかにされていないので実態は不明なのだ。
最近でも、2018(平成30)年6月21日午後、名護市数久田(すくた)の農作業小屋に銃弾が撃ち込まれた。場所は、沖縄自動車道の許田(きょた)ICを降りてすぐ右側にある「許田道の駅」からわずか250メートルの場所だった。銃弾は小屋の引き戸を貫通し、壁にぶつかって跳ね返り、窓ガラスを割ったものとみられた。現場には長さ約5センチ、直径1センチ強の銃弾のような物が落ちていたという。所有者が1時間半ほど買い物に出かけていた間だったそうだ。米軍演習場の隣接地では、絶えずこのような危険が付きまとう。

◎沖縄を題材にした著作で、このサイトでご紹介しているのは、(出版順ではなく、私が読んだ順)
  ・「風景を見る犬(樋口有介著)」⇒こちらから
  ・「Juliet(ジュリエット/伊島りすと著)」⇒こちらから
  ・「水滴(目取真 俊著)」⇒こちらから
  ・「太陽の棘(原田マハ著)」⇒こちらから
  ・「スリーパー(楡周平著)」⇒こちらから
  ・「鬼忘(きぼう)島(江上 剛著)」⇒こちらから
  ・「あたしのマブイ見ませんでしたか(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「テンペスト(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「黙示録(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ほんとうの琉球の歴史(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「本屋になりたい」(宇田智子著)」⇒こちらから
  ・「ニライカナイの風」(上間司著)」⇒こちらから
  ・「トロイメライ 唄う都は雨のち晴れ(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「豚の報い(又吉栄喜著)」⇒こちらから
  ・「祭祀のウソ・ホント(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「沖縄の新聞は本当に『偏向』しているのか(安田浩一著)」⇒コチラから
  ・「辻の華(上原栄子著)」⇒こちらから
  ・「宇喜也嘉の謎(渡久地十美子著)」⇒こちらから
  ・「ヒストリア(池上永一著)」⇒こちらから
  ・「ウィルソン沖縄の旅 1917(古居智子著)」⇒こちらから
  ・「武士マチムラ(今野 敏著)」⇒こちらから
  ・「本日の栄町市場と、旅する小書店(宮里綾羽著)」⇒こちらから
  ・「秘祭(石原慎太郎著著)」⇒こちらから
  ・「ユタが愛した探偵(内田康夫著)」⇒こちらから
  ・「崩れる脳を抱きしめて(知念実季人著)」⇒こちらから
  ・「沖縄『骨』語り(土肥直美著)」⇒ コチラから
  ・「天地に燦たり(川越宗一著)」⇒ コチラから
  ・「波の上のキネマ(増山実著)」⇒ コチラから
  ・「神に守られた島(中脇初枝著)」⇒ コチラから
  ・「宝島(真藤順丈著)」⇒ コチラから
  ・「あなた(大城立裕著)」⇒ コチラから
  ・「入れ子の水は月に轢かれ(オーガニックゆうき著)」⇒ コチラから
  ・「ジョージが殺した猪(又吉栄喜著)」⇒ コチラから
  ・「桃源(黒川博行著)」⇒ コチラから
  ・「翡翠色の海へうたう(深沢 潮著)」⇒ コチラから

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背景の「首里織」は、首里王府の城下町として栄えた首里において王府の貴族、士族用に作られていたもので、悠々として麗美な織物が織り継がれ、現在に至っています。この作品は、米須幸代さんの「グーシー花織」です。