沖 縄 移 住 生 活 始 め ま し た
国の文化審議会は、平成30年10月19日、琉球王国時代の歴代の国王やその家族らの遺骨が埋葬されている那覇市の「玉陵(注1)」が、琉球地方に現存する最古かつ最大規模の王家の墓として、文化史的に高い価値があると評価され、国宝に指定するよう文部科学相に答申した。沖縄県内からの建造物の国宝指定は初めてである。近く官報に告示され正式指定となる。
那覇市が所有する玉陵は、首里城の西側に位置する琉球第二尚王統の王陵で、1501年に築造された。現存する「破風墓(はふーばか)」では最古かつ最大で、琉球王国時代の建築文化と葬墓制を象徴する極めて完成度の高い陵墓として、深い文化的意義があると評価されている(注2)。
この陵は第二尚氏3代の尚真王が、父尚円王の遺骨を改葬するために築かれといわれているが、初代王である尚円王の王妃、宇喜也嘉(おぎやか)の指示により造営されたともいわれる。石垣で囲まれた敷地内に3棟の墓室が連立し、前方には祭祀(さいし)のための広い前庭がある。
墓室は、自然の洞穴を利用しながら前面に石灰岩の切石を積み上げ、切り妻造りの屋根を持つ沖縄地方独特の破風墓の形式を持つ。
玉陵はこれまで国指定の重要文化財で、平成12年(2000)には世界文化遺産「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」として登録されている(以上、Yahoo newsを参考に作成)
。なお、沖縄県以外の方は、玉陵のことを「たまうどん」という人が圧倒的に多いが、正しくは「たまうどぅん」なので、お間違え無きように。 (--、)
(注1)玉陵…コチラから。
(注2)沖縄の墓…コチラから。
(ご参考)沖縄県内の国宝指定は2件目、建造物としては初めて。戦前は多くの国宝があったが戦災で失われた。戦前、国宝に指定されていた建物は、首里城の守礼門、円覚寺、崇元寺、弁ヶ岳
石門、末吉宮本殿、沖宮本殿など22件あった。なお、これまで沖縄県の国宝は「琉球王国尚家関係資料」(歴史資料)だけだった。
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