識名坂の遺念火(いねんび)


「遺念(いねん)」というのは、「亡霊」のことをいう。この「遺念」が火になって現われるのが「遺念火」である。本土では「人魂(ひとだま)」といわれているのと同じものだと思う。沖縄では心中など、浮ばれない男女の霊魂が人魂になって現われるので、遣念と呼んでいる(仲村清司著『ほんとうは怖い沖縄』)。「遺念」にまつわる伝説や物語は、沖縄の各地に言い伝えられている。そういう場所は心霊スポットといわれるところなので、普段からなるべく近づかないようにしている。どこが心霊スポットなのかは、仲村清司氏の前述の本に地図入りで紹介されている。

今回、引っ越しをして散歩に出かけたら、そのなかの一箇所に出くわしてしまった。それが識名坂である。普通に読めば「しきなざか」だが、こちらの読み方は「しちなんだびら」だそうだ。場所は、那覇市首里にある金城町の石畳を南に下ると安里川に架かる金城橋に出る。ここから南が登り坂になっている。この坂が識名坂である。この地に伝わる伝説は、こはましんや著「おきなわのおはなし 識名坂の遺念火」に寄ると、
「仲の良い若い男女が、わがままな男の横恋慕にあい、不幸な死によって亡くなった。しかし、殺された二人は成仏できずに幽霊となって夜毎に、恨みを持つ相手のもとへ出没する。悲しい悲しいお話しだが、二人は死してなお、あの世で仲良く幸せに暮らす事ができた。識名坂に時折り目撃される遺念火は、二人の魂がいつまでも永遠に結ばれている絆の証でもあるのに違いない」(ごまぶっくすの本の紹介から)。なお、横恋慕した男は、不幸な死を遂げた二人の亡霊に悩まされて気が狂い、金城橋から安里川に身を投げたと伝わっている。

ネット検索をすると、元は同じ話なのだが、もっと怖い話も、いくつか紹介されている。実際に、識名坂では、遺念火がよく目撃され、前述の『ほんとうは怖い…』の本にも、戦前はお盆になると遺念火を見ようと見物人が押し寄せたと記されている。私は、このサイトの他のページで、沖縄の森には妖怪「キジムナー」が住みつき、街角には「マジムン」や「ヤナムン」などの魔物が潜んでいると書いたが(詳しくは⇒こちらから)、島の各地に聖地があり、年に何度も先祖を供養し、目に見えない霊の存在を信じている人が多く、日常生活の中で困りごと、相談ごとがあると、 霊能力者であるユタのご宣託を仰ぐ。こういう土地柄なので、あなたが霊の存在を信じていても、いなくても、決して沖縄県の人々の考え方を揶揄したりしないように。彼や彼女たちは、先祖から受け継いだ伝統を大切にしているのだから。

なお、遣念火の伝説は、識名坂以外にも沖縄各地にたくさん伝わっている。代表的なものは、那覇市松川の大道松原遣念火、うるま市具志川のウフンガーラの遣念火、北谷町の謝苅坂の遣念火、伊江島の後浜の遣念火、宮古島のカママニネの遣念火などなどがある。また、戦後は戦死者の遣念火が各地で見られたという。

石畳 識名坂
識名坂に続く金城町の石畳(振返って撮影) 金城橋から識名坂、実際は写真より急坂である

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