ゆいレール延長、来春に間に合わず


沖縄に移住し、那覇市首里石嶺や浦添市の経塚、前田に住む予定をしていた皆さんにお知らせしたい。当てにしておられたであろう「 ゆいレールの延伸工事」が遅れており、当初、開業を見込んでいた平成30年春には間に合わないことが分かった。

モノレール社によると、建設業の人手不足が深刻化する中で、県内業者が現場に配置できる技術者も足りなくなっており、業者が工事入札への参加を見送るケースが多くなって入札が不調に終わっているのが原因という。確かに沖縄の建設業界は活況を呈しており、仕事はゆいレールだけではないので慢性的な人手不足を招いている。大手建設業者の沖縄支店は、本土からの技術者の応援を求めており、私の住んでいるアパートにも本土の建設会社に勤めているが、派遣されてゆいレールができるまでの間だけ、こちらに仮住まいしていると話していた。3年の約束だったが5年目に入っているそうだ。

ゆいレール社の社長は、開業のめどを「早くて来年(平成31年)夏頃」と述べたが、これは工事が順調に進んだ場合を見込んだもので、天候や工事の入札状況によっては、さらに遅れる可能性もあるとしている。首里石嶺町に住む私の知人は、4〜5年も前から家の前で工事をやられ、騒音と振動で昼寝も出来ない。絶えず ほこりが舞うので外に洗濯物も干せない。いつもマスク着用で外出。分割して工事をするので車線が頻繁に変わる。向かい側にあるスーパーに行きたくても工事区内は横切れないので、次の交差点まで大回りして行かねばならない、と工事の不満を口にしていたが、来年の春までだったはずのご苦労は、夏以降まで続きそうだ(琉球朝日放送ニュースに加筆)。



工事中のゆいレール

山を切り開いて掘割にした区間(首里石嶺駅〜経塚駅:H30/2)

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背景の「読谷山花織」は、「ゆたんざはなうぃ」または、「よみたんざんはなおり」と読みます。琉球王朝のための御用布として織られていました。絶滅寸前だったものを、昭和39年に読谷村で「幻の花織」として復活しました。