琉歌と出合う


琉歌(りゅうか)とは、奄美、沖縄、宮古、八重山諸島に伝わるに叙情短詩形の歌謡である。和歌と同様に「ウタ」とも言われる。和歌と琉歌との違いは、 和歌が「詠む歌」であるのに対し、琉歌は「謳う歌」というのが特徴的な違いで、 シマの言葉で計30音(和歌のように文字数ではない)で構成される 。奄美群島においては、島唄と呼称される(以上、Wikipediaより)。

先日、新聞を読んでいて、琉歌の存在を知った。琉歌は昔から琉球に伝わっていた「おもろ(おもろとは歌の意で、沖縄方言の「思い」から来た語である。沖縄の古い歌謡であり、14世紀末、中国大陸から三弦の伝来する以前に行なわれた歌曲の中心をなすもの)」という叙事的な神歌を母体としながら、琉球文化の独特のものとして自立したといわれ、江戸時代には、吉屋チルーや恩納ナビーといった歌人が登場してくる。その作品は、

恨む比謝橋や 情ない人のわ身渡さと思て か希ておちゃら(吉屋チルー 歌意:この恨めしい比謝橋は、きっと情けのない人が、私を売り渡そうと架けたのだろうか) 吉屋チルーは遊女。チルーは「鶴」の意。

恩納松下に 禁止の碑のたちゆす 恋しのぶまで 禁止やないさめ(恩納ナビー 歌意:村外に出てはならぬという立て札があろうとも 恋偲ぶ心までは、くい止めることは出来ない) 恩納ナビーは恩納村出身の女性。ナビーは「鍋」の意。

私が新聞で目にした琉歌は、

行逢て語らひのならぬもの定め 海ゆかも深く思てたばうれ(仲宗根明子 歌意:お会いして語り合いができない定まっている運命なら、海の底よりも深く私のことを思ってください)

逢えない定めの想う人に対して、おおらかに気持ちを歌っていることに、その感受性の豊かさと、女性のけなげさを感じる。

節ゆ待ちみそり 露や降るさらみ 蕾でぃ居る花ぬ 咲なうちゅみ(島袋千恵美の沖縄日和より  歌意: その時(時節)を待って下さい。露を受けて蕾が花を咲かせるのが自然なように 私たちの恋の蕾も 露のように情け(愛情)を受けて 花が咲かないだろうか、いや必ず咲く)

最後に前述の"恩納ナビー"の歌をもう一首ご紹介する。

恩納岳あがた 里の生まれ島 森を押し除きて こがたなさな歌意:恩納岳のあちら側には、想う人が住む村がある 山を押し除けて、こちらに引き寄せたい)

琉球王朝は税と労働力の確保を目的として、村人の別地域への移動を禁止していた。恋愛も結婚も同じ村の男女同士だった時代に、隣村に想う人がいると大胆に歌った。時代背景を考えると、その歌が現在まで残っていることが驚異だ。

なお、今回は「恋の歌」ばかりご紹介したが、琉歌は恋の歌ばかりではなく、自然や四季の移ろい、日常生活を歌ったものも多い。

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